Interview

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悩める女子たちのために、
ビジネスで活躍する女性にインタビュー!

株式会社Parasol
代表取締役社長 伊藤 早紀

Q.1 ライフウェイクシート編

経沢 香保子さんからのご紹介
サキさんは私が今まであった中で一番ピュアで情熱的でパワフルな女性経営者です。不思議と相手の心に優しく入り込んでそっと色々と教えてくれるんです。私もそんな彼女に影響されて色んな人生の幅が広がりました。世の中全体をヒトオシする彼女 が変えてくれる未来を楽しみにしています!

株式会社Parasol 代表取締役社長 伊藤 早紀

1990年生まれ。愛知県出身。
名古屋市立大学経済学部卒業後、求人広告代理店、物流会社、リクルートコミュニケーションズを経て2017年に株式会社Parasolに入社。マッチングアプリメディアマッチアップの編集長としてメディアの立ち上げ、結婚相談所の立ち上げから、21年にパーソナライズ婚活サービス「ヒトオシ」をローンチ。マッチングアプリ専門家としても活動し、TV・雑誌など20媒体以上に取材。

01

これまでのキャリアをライフウェイクシートで教えてください。

ライフウェイクシートをもとに、これまでの経歴を教えてください。

はい。
18歳、大学一年生くらいだと思います。この頃彼氏ができたのでライフウェイクシートがちょこっと上がっていますね。私は恋愛の会社をやっているので、恋愛によって結構左右されます。

次に、21歳頃に下がっているのですが、この頃は名古屋の大学に通いながら長期のインターンシップをしていました。当時は長期インターンシップって全然認知もされてない時期で。今でいうとブラックな環境で、週5、6働いて給料は就労支援金という形で月2万円とかで、交通費とランチ代ぐらいにしかならなかったです。

やろうと思ったきっかけは、その時好きだった人がそこにいたから。お近づきになりたいと思って自分も入ったんですよ。

伊藤 早紀さんのライフウェイクシート

インターンシップはどうでしたか?

期間は一年程度の、ドSなプログラムに入っていました。インターン自体は楽しくて、今でも学びになっていると感じることもすごくあります。

例えば「できるかできないかではなくて、どうやってできるか考えろ」というのは常に仕事をする上で考えています。なので仕事をする上で「なんとかしてやる」という推進力は身についたと思います。お金についての価値観もインターンの経験がかなり影響されていると思います。活動支援金は2万円だったんですが、「あなたたちは、まだ価値を何も出せないよね。」、逆に「こっち(インターン先の企業)が教えてあげているんだよ。」というような指導を受けました。今で言うとギリギリアウトぐらいな教育でしたけど、それのおかげでまずは価値を出さなきゃいけない!っていう意識を強く持つようになりました。それはつまり、めちゃめちゃ一生懸命働いて、仕事の成果は仕事!みたいなことで。

すっごい頑張ってお仕事していたんですけど、大学3年生の時にインターンシップが終わって、次はそのインターンシップを派遣する派遣元で働きました。
お金も交通費も出ないみたいなところで週5、6やってたんですよ。そこでは長期インターンの良さを広めよう、という活動に取り組んでいました。

ー価値を出そうというところに、伊藤さんご自身も感化されたのですか?

というよりは、めっちゃ頑張ったインターンシップが終わって、また大学生活戻るっていうのがなんか怖くて、またあの生活に戻っちゃうのかなあって・・・。それでまた何かやりたいって思っていた矢先に、インターンシップを広める活動をしませんか?と声をかけてもらったのがきっかけですね。
ちなみに当時の彼も、そこでインターンシップとしてお金をもらって働いていました。最初は一緒に働けることが、すごいハッピー!みたいな感じでやっていたんですけれど、だんだん責任が重くなってきて。

交通費も出ない中、その交通費を稼ぐためにアルバイトして、みたいなことをやっていました。
正直、企業のビジョンだった地域活性化には興味もなかったのですが、私は結構いい子ちゃんだったんで、そこに共感してる風になるのはすごくできちゃうというか・・・。こうした方が良さそうだからって色々やっていたら、なんだかどんどん成果が出て、立場もどんどん上になっていって。
それで企業の代表の方に「伊藤さんはこの地域をどうしたいの?」のような問いかけとかもされるようになって・・・「いや、なんか元気にしたいです。」ぐらいしか言えなかったです。解像度もない、興味もないみたいな状態でずっとやっていたので、すごくしんどくて、もうほぼうつ状態になってしまっていましたね。

ーライフウェイクシートも21歳辺りで下がっていますね。

大学四年の一年間は、保健室に通いながら学校に通うみたいな感じでしたね。就活も一応していましたが、説明会に何百人も来るような大手とかは、しんどすぎていけなかったんで・・・。説明会とかも行かずに4社だけ何とか受けて、2社から内定もらって、そのうちの1社へ行ったみたいな感じです。

けど新卒で入った会社も3か月ぐらいでやめちゃったんですよ。ずっと付き合っていた彼が、会社を立ち上げることになったので、そっちの会社に入ったんです。でもなんか彼よりもめちゃめちゃ活躍しちゃったんですよ、私。
物流会社の総務とか経理とかっていうポジションで、結構地味な作業だったんですけど、割と全部を任せてもらえていました。

一方で彼は全然仕事ができなくて、めっちゃキレられている、みたいな姿をずっと見ていたんですよね。彼が落ち込んだりうまくいかない姿を見ているうちに、最初は彼と働けるって嬉しかった気持ちが、ズドーンって下がっていくのを感じていました。

しかもこのあたりで彼が先にやめちゃったんですよ。原因は、一緒に会社を立ち上げた社長から縁を切られてしまったことですね。
それで、「あれ?私、彼のために働いてたのに、彼がやめちゃった・・・」とすごく落ち込みました。それまでの私の生きる目標って、彼が優秀な経営者として成功することだったんですよね。それで一生懸命目標に向かって仕事してたのに、それがなくなってしまった。

でも10分ぐらいです、落ち込んだこの衝撃は。その10分間で、なんか私、これからは自分のために生きていける!みたいな気持ちになったんですよ。

というのも彼といると、自分でグリップ握れないこととかがあったので。
彼が何かするにあたって、「こうした方がいいじゃん」って言ってもやってくれないとかってことがたくさんあったんですけど、もうそれをしなくていいんだ!って。
今は中小ベンチャーにいるけど、例えば大企業とか、今まで考えたことなかった会社にも行けるし、何でもできる!みたいな感じで超テンション上がって。

ソニーミュージックのスタートアップ支援プログラムでの登壇
ソニーミュージックのスタートアップ支援プログラムでの登壇

ーその後上がっていますね。

次はリクルートコミュニケーションズという会社に入って、それと同時に、ホリエモンサロンにも入りました。

リクルートでやりたかったことっていうのは、まずスキルを身につけるということ。
私、ちょっとよくわかんない会社にずっといたので、ビジネススキルがあるのかもわからなかったし、何かを自由にやりたいって思った時に、具体的に何をすべきかもわからない状態でした。
例えば会社を興すにしても、興し方がわかんないみたいな感じだったんです。それで、なにかスキルを身につけなきゃ!という気持ちで、同時にホリエモンサロンに入って学ぼうと思いました。

サロンでは、めちゃめちゃ活動してたわけではないのですが、堀江さんの考え方に共感していました。「何か好きなことをやっていたら、そのうちそれが価値になるよね。何でもやったらいいじゃん!」みたいなところ。
サロン内では、別にお金にならなくても、面白そうなら一旦やっちゃえ、みたいな感じで色々やっていましたね。運動会やスポーツイベント、食のイベント、あとは恋愛部みたいなのもありました。

そこで、マッチングアプリの使い方セミナーをやってみたり。いろいろ行動していましたね。そういう生き方がすごくいいなって思う半面、リクルートがつまらなく感じてきてしまって・・・。

ーリクルートでは、どのようなお仕事をされていたのですか?

リクルートには中途の契約社員で入って、正社員のプロジェクトのうちの一つにフルコミットで入っていました。めっちゃ仕事がなくて、なんと15時ぐらいには仕事が終わってたんですよ。やることがあまりないので、ここで成長できるのかな?みたいな気持ちにだんだんとなってきて・・・。

なのに、私、なぜかその年のMVPになったんですよ!年に一度の業績プレゼン大会で。

他の社員はめちゃ忙しいので、プレゼンをつくるのは前日の一夜漬けみたいな風潮だったのですが、私はというと、毎日やることなさ過ぎて、プレゼンの練習ばっかりしていたんです、2週間ぐらい。
で、上司にも「仕事ないから仕事くれ!」っていう話をしてたりとか、「プレゼン作ったから見てくれ」みたいなことばかりをやっていましたね。多分、そのやる気も買われて表彰されたんだと思います。

けどここにいて、こんなことしていても表彰されちゃうのは良くないって思ったんですよ。私、多分何もスキルアップしていないし、なんかよくわかんないけど、表彰されたみたいな感じでしたね。

ーちょっと今、することないのにMVPとかいうタイトルつけたくなりました。でもそれも成果を出されたからこそですよね。MVPなんてなかなか獲れるものじゃないです。

本当にすることがなかったんですよ。でもやっぱり、いかにこの成果がすごいか、みたいなものをちゃんと伝えられるかっていうのも大事ですよね。
私の場合、前任の社員がちょっとやりかけてたプロジェクトを、ちょうどいいパスでもらってやってみたら超結果出ちゃった、みたいなところがあったんですよ。
業務改善とか、あとはほぼほぼやるだけみたいな。現場に装着するだけぐらいの状態でもらって、現場に装着したらもう秒で業績上がってきたみたいな感じだったんです。

それに対して「いかにして、これだけのインパクトが出ました」みたいなプレゼンをしたところ、みんな「すげー!!」となってしまったと。これはよくないと思って。

そんな時に、堀江さんの話を思い出しました。それじゃあ「私の」好きなことって何なんだろうって。
もう一回考え直してたどり着いたのは、私が今まで頑張って熱中してきたことって、「恋愛だ!」ということ。

当時は中小企業勤めでお金もないから、副業として六本木のガールズバーで働いていたこともありました。愛知から出てきていたし、当時は勤務先に近い八王子に住んでいたこともあって、六本木はもう、すんごいとこみたいな感じでしたね。
私は当時25歳だったんですけど、ガールズバーの女性にとったら、25歳ってもうおばさんなんですよ。20歳とか19の子と一緒に席につくと、無視されたりとかしてましたね。
あとは、お前よりも美人な奥さんが俺にはいるから!とかめっちゃ色々言われていましたね。それで「あ!楽しい!」と思ったんですよ。

高校生時代、バンドメンバーと
高校生時代、バンドメンバーと

ーそこで楽しいと思えたのは、なぜですか?

面白いなと思ったのは、これ普通にデートしてたら言われない言葉だなっていうところ。
たぶん、お金を払ってるからこそ本音で言ったんだなって。これはすごい情報だって思って、それが楽しかったんですよ。

あとは、じゃあどうやったら、このババアで結果を出せるのかみたいなところをすごく考えて、おじさんたちにウケる曲とかを、一人カラオケで練習したりしていました。それぐらい、恋愛での男性と女性の日々みたいなものが好きだし、自分自身が恋愛でいろいろ人生を左右されてきた人間だったので。

いろいろあったんですけど、基本的には失恋しても、「恋愛って楽しい!」みたいな感じなんで、恋愛を仕事にできたらいいなっていうのはちょっと思っていましたね。

そんな時にホリエモンサロンで出会ったのが、うちの今の会長です。会社を立ち上げようって決まった時、最初のプロダクトが男性向けのデートコースメディアだったんです。それで、そのメディアの編集長を探してます!と。
私はやったことないけどやりたいです、と手を挙げました。ずっとボランティアみたいな感じですけどね。

平日はリクルートの仕事が終わってからの15時以降と、土日は全部メディアの仕事みたいな感じでほぼ毎日働いていました。

ーこの27歳頃、ライフウェイクシートがかなり上がっていますね。

そうですね。メディアの会社が資金調達するタイミングで転職を決めました。この頃は、めっちゃやりたいことができる!みたいな感じで凄い上がっていった時。
26歳の時はボランティアでやっていたけど、27歳で転職することができて、やったーみたいな感じです。

そこからは結構色々あったんですけど、気持ちが下がることほぼなくて。
例えば、正社員として転職した3ヶ月後に「会社がもう今年いっぱいで終わっちゃうかも」とか言われたこともありました。でも全然何も思わなくて。
良くないところなのかもしれないんですけど、なんか大丈夫!みたいな。こんな楽しい仕事してるし、大丈夫!なんとかなるでしょう。ぐらいに考えていましたね。そうしてやっていたら、売り上げ10倍とかになっています。

ー好きなことだからこその力ですね。

多分、普通の人だったらライフウェイクシートが下がっていたかもしれないですけど、あんまりなくて。

去年、31歳のタイミングで社長になりました。思うのは、やっぱり決断をちゃんとしなきゃとか、前の社長ができていたことをちゃんとしなきゃということ。コンサルの方に入ってもらう時にも、私がここでネガティブなこと言ってもダメだなとか・・・。

私は社長なのに!みたいなのがすごい強くて、めっちゃ凹んだ時期もあって、社長にならなければよかったなと思っていた時期もありましたね。

ーその後唯一31歳のところで落ちたわけですね。

はい。だけど、途中でマインドを切り替えましたね。結果出せば別に誰も何も言わないし、社長らしく振舞う必要ないかなって。それで(ライフウェイクシート)が上がっていったみたいな感じです。

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