Interview

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株式会社Yazawa Ventures
Founder and CEO 矢澤 麻里子

Q.1 ライフウェイクシート編

冨田阿里さんからのご紹介
日本で初めて女性1人VCを設立され、つねに未来のために自ら挑戦し続け、まわりを照らす太陽

株式会社Yazawa Ventures Founder and CEO 矢澤 麻里子

ニューヨーク州立大学を卒業後、BI・ERPソフトウェアのベンダにてコンサルタント及びエンジニアとして従事。国内外企業の信用調査・リスクマネジメント・及び個人与信管理モデルの構築などに携わる。
その後、サムライインキュベートにて、スタートアップ70社以上の出資、バリューアップ・イグジットを経験した後、米国Plug and Playの日本支社立ち上げ及びCOOに就任し、150社以上のグローバルレベルのスタートアップを採択・支援。出産を経て、2020年Yazawa Venturesとして独立。

01

これまでのキャリアをライフウェイクシートで教えてください。

留学のきっかけから、アメリカの大学へ進むまでを教えてください。

大学に進学すると、友人もできたんですが、高校の時よりも通わないといけないという強制力がなくなって、すごく落ち込んでしまったんです。学校生活は楽しかった一方で、人生の中で人との付き合い方が分からない時期がありました。「自分は人生で何がしたいのだろう?」と考えるようになったのが19歳の頃ですね。

どうしようかと考えたとき、高校からアルバイトして貯めたお金があったので、初めてイギリスに行きました。そこで「こんな世界があるんだ」と気づきました。

また海外に行きたいという気持ちと、普通に大学を卒業して就職も早くしたい、という想いから海外の大学に行こうと思ったんです。けど最初は、リスニングも衝撃の点数で、全然英語を喋れなかったんですよ。(笑)

そこから一念発起して、勉強して点数を上げて受験して、合格したのが大学2年の春でした。大学3年生になるタイミングで両親を説得して、大学3年の7月に日本の大学を中退して、アメリカの大学で2年生からスタートしました。

入学したアメリカの大学は日本の大学との連携が何もなかったので、日本の大学で取ったカリキュラムを全部自分で翻訳しました。「この教科を取ったので、クレジット(単位)を認めてください」と交渉して、何とか認めてもらうことができましたね。

大学卒業式
大学の卒業式

すごい行動力ですね。大学生活から日本に帰るまではどうでしたか?

アメリカの大学生活はすごく楽しかったです。
中国やメキシコなど色々な国出身の同級生たちが、「英語で普通に働くでしょう」と、さらりと話しているのをみて「かっこいいな」と影響を受けました。

ただ、自分も頑張って行こうという気持ちが芽生えた一方で、それまで人から押し付けられてきた価値観の中で生きてきたからこそ、大学生が陥る「やりたいことがわからない」という状態になっていました。あんなにたくさん高校の時にアルバイトをしていたのに、その中でもやっぱりやりたいことがわからないっていうのは、結構重症だなっていう思いを抱えながら、いろいろ模索してきたところがありましたね。

ここで就職しようって考えたとき、内定もいただいていたんですが、ニューヨークシティに移って、起業を経験しました。これはうまくいかず、日本に帰ってきました。

会社員時代からベンチャーキャピタルへ行こうと決めた経緯を教えてください。

日本での最初のキャリアは、ITコンサルとエンジニアという形でスタートしました。それはそれで楽しかったんですが、3、4年ぐらい働きながら「自分の好きなことは何だろう」と模索していました。

このときやっぱり起業なんじゃないかって気づいたんですけど、私がやりたいことは自分がリーダーシップをとるというよりも、頑張ってる人や挑戦する人がもっと報われる社会、成功する社会を作りたいし、作らないといけないと思ったんです。
トヨタやホンダのような大企業も、最初は創業した人がいたからこそできました。創業者や創業したばかりの小さい企業をもっと応援する人や仕組みがないと、と漠然と考えていたんです。『これやりたい』と思いついた人に、『それいいね』と言って、お金という形で支援できればと。
そう考えていた時に出合ったのがVCという仕事で、応援する存在を極めたいと思うようになったんです。

2010年頃、リーマンショックの後でIPOの数が減り、ファンド※1自体も縮小気味でした。今ほどベンチャーキャピタルという言葉が有名ではなかったこともあり、その中で私のようなバックグラウンドを採用する企業は、なかなかいませんでしたね。

今、私もGP※2になって、当時採用面接を受けたベンチャーキャピタルのGPの方に「あのとき受けたんです」と話をしたら「採用しておけばよかったな」と言ってもらえることもあってちょっと嬉しいです。

※1:ベンチャーキャピタル(Venture Capital)の略称。将来的に高い成長が見込まれる未上場のベンチャー企業を専門に投資する会社やファンドを指す。
※2:目的に応じて投資家から資金を一つに集めて、基金にして収益を還元する仕組みのこと。
※3:「General Partner(ゼネラル・パートナー)の略称。投資ファンドの管理運営者。出資先に対して「無限責任」を持つ立場の投資家のこと。

ライフウェイクシートの28歳と34歳のときに落ちていますが、何があったのでしょうか?

これは今まで話したことがないのですが、日本のベンチャーキャピタルになかなか受け入れてもらえないなか、M&Aをやっている会社へ28歳のタイミングで転職したんです。でも、入ったらすぐそこが潰れてしまったんです。このときはだいぶ、どん底でしたね。

ちょうどこのタイミングでアメリカのベンチャーキャピタルから声がかかり、インターンで入ったのが一つのきっかけでした。インターンはすごく面白くて、あっという間に約束の半年が経ち、29歳の時に日本に戻ってきました。

そのあと、株式会社サムライインキュベートでキャピタリストとしてキャリアをスタートできました。ここでは楽しかった一方で、働き過ぎてしまったことがきっかけになり、離婚を経験しました。
自分の中でも、衝撃的な出来事でしたね。両親からは「そんなに働いてるから」みたいなことを言われ、やっぱり両親の言ってることが正しかったんじゃないかと、自分が積み上げた価値観が壊れる気持ちもありました。今でも働きすぎると「嫌われてしまうんじゃないか」というのが恐怖として残っていたりもします。

株式会社Yazawa Ventures Founder and CEO 矢澤 麻里子さん

ライフウェイクシートでは、このあとずっと上昇していますね。

ちょうど仕事を見直そうと思ったタイミングで、Plug and Play Japan株式会社にオファーをいただき転職しました。

そこから、36歳で再婚して、出産を経験しました。37歳で自分のファンドを立ち上げて、今、すごく頑張っているという状態です。

ベンチャーキャピタルとして、ご自身が応援する側に行くきっかけはあったのでしょうか?

世の中のやることに対してレバレッジ※4をかけたいなというのはずっと思っています。
例えば、私1人が一生懸命起業して、頑張って100億とかを作るよりも、いろいろな方へ経営のサポートができる方がレバレッジがきくし、楽しいという考えがありました。

ただ、応援しているというのが「自分が起業しないことへ逃げてるんじゃないか」という気持ちになることもあって。自分のファンドを立ち上げるときも、すごくそこは悩みました。
いろいろなベンチャーキャピタルの方へ相談する中で、あるVC※4は「自分が代表の経験がなくても、客観的に投資をしていくってのはまた別の話だから」って 言ってくださる方もいました。結局、今は自分で起業して現在に至ります。

※4:金融業界用語。借り入れを利用し、自己資金の収益を高める効果が期待できることを指す。

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